代表者プロフィール

村﨑幸人 むらさき ゆきと

出身地:奈良県
出身校:京都産業大学
趣 味:街歩き
興 味:歴史・日本文化
運動歴:野球・ゴルフ・ボクシング

職歴

私は、大学を卒業後、大手住宅メーカーに就職しました。実は、海外に憧れていたこともあり、就職活動は、もっぱら、海外勤務がありそうな商社ばかりを受験していましたが、ことごとく不採用。結局は、住宅メーカーに就職することになりました。

その住宅メーカーも、配属先は、住宅や建築関連ではなく、新設されて2年目のリゾートホテル事業部に配属されました。仕事内容はと言いますと、福利厚生の一環としてのホテル利用券を法人相手に販売する業務です。“全国にリゾートホテルを建設しますので、その利用券(法人会員)を買ってください”と、法人目当てに飛び込み営業をする繰り返しの毎日を送っていました。しかし、当時は、その会社が開業させているホテルは1軒しかなく、会社を信用していただくことで契約していただいていました。

ちょうど入社から1年経った頃、ちょっとした事件があり、それを機にこの住宅メーカーを退社しました。さて、退職しても次の就職先のあてがあったわけでもなく、リゾートホテル事業部の業務の中で、ホテル建設予定地にお客様を案内する際に、周辺観光も調べ紹介していたこともあり、その関連性から旅行業界への転職を試みました。昼間は、ゴルフ場でアルバイト、夜間は旅行専門学校の夜間部に通う生活を半年間続け、中堅の旅行代理店に再就職することができました。

この再就職までの半年間で、旅行業界で必要な資格取得の勉強もしており、運よく、再就職の時期に資格合格の通知も届き、会社からは即戦力として使ってもらえました。そのお陰で、海外・国内の添乗業務も多く経験させてもらいました。考えてみるに、就職活動時には、海外勤務に憧れ、商社志望していましたが、まわりまわって、海外出張する仕事に就いたことになります。

中堅旅行代理店に就職して5年程経った頃です。社内環境が予期せぬ方に大きく変わり、この会社を辞めることにしました。その際、このまま旅行の仕事を続けて旅行代理店として独立するのか、それとも、業界を変えて転職するのか。その選択を迫られました。結局は、前者を選択し、個人事業の旅行代理店として独立したのが、31歳の時です。

独立してからは、24時間仕事のことを考えていました。深夜でも早朝でもお客様へは24時間対応みたいな(笑)、それが美徳のような(笑)。社員旅行やオーガナイザーものの団体旅行を中心に仕事をしていましたが、旅行の性質上、社会情勢・経済状況・気象などの外的要因に影響することが多々あり、不安定さを払拭することができず、10年少し続けた旅行代理店を廃業しました。阪神大震災で、自宅が崩壊したことに加え、震災の影響で仕事がまったくない常態が続いたことが、のちのちまで心の中で引きずり、そのことが、旅行業に対する事業意欲を喪失させた要因のひとつとなりました。

旅行代理店を廃業したことにより、再び、サラリーマン生活に戻りました。求人広告で、大手通信会社が、当時、脚光を浴びていた光ファイバーの契約をとる営業マンを募集していましたので、そこにお世話になることになりました。本来は、個人宅に飛び込み営業をかけるのですが、私は、今までの営業経験を活かし、ひたすら、会社目掛けて飛び込み営業をしていました。結構、営業成績も上がっていたこともあり、通信機器の法人営業部門に異動させてもらい、そこで勉強したことが、現在の仕事に繋がっています。

48歳の時です。給与面のことや、自分の今後の生き方のこともありました、もう一度、自分でやろうと思い、大手通信会社を退職し、小規模事業者向けに通信商材・サービスを扱う、現在の株式会社ダイヤルセブンを設立したわけです。独立して、今年で15年目となります。

会社情報


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